2014年8月18日月曜日
『黄金探偵と どおくまんプロ』その④
喫茶店でお客さんのいる中、ピンク電話で
出版社の電話を受けて2階に上がる階段の途中で
又、電話が鳴って取りにゆくという連続で
ほとんどが連載の依頼で、まさにそれまでの静から動への
大転換が実は、この黄金探偵が初まりだった。
私は数あるマンガ誌の中から、連載する本を選び放題で
しかもついに原稿料まで交渉する事ができたのである。
(それまでお金の事は一切、言った事がなかった)
そして週刊連載するにあたって、意外に迷わず
一つのマンガ誌を私は選んだ。
それが当時、一番時流にのったマンガを次々と
世に送り出していた「週刊漫画アクション」であった。
嗚呼!花の応援団のはじまりである。
完
2014年8月17日日曜日
『黄金探偵と どおくまんプロ』その③
花田くんの時も、暴力大将の時も、反響という点では
イマイチだったのだが、当時私の事務所には電話も無く、
もっぱら下の喫茶店の電話を借りていたのだが、
この黄金探偵の第1作目が載ったその日から次々と
出版社から電話がかかってきたのである。
当時青年漫画誌を出版している
ほとんどの出版社から電話があった。
2階の事務所から細い階段をつたって
喫茶店のママさんが呼びにくる。
明日に続く
イマイチだったのだが、当時私の事務所には電話も無く、
もっぱら下の喫茶店の電話を借りていたのだが、
この黄金探偵の第1作目が載ったその日から次々と
出版社から電話がかかってきたのである。
当時青年漫画誌を出版している
ほとんどの出版社から電話があった。
2階の事務所から細い階段をつたって
喫茶店のママさんが呼びにくる。
明日に続く
2014年8月16日土曜日
『黄金探偵と どおくまんプロ』その②
黄金探偵のシリーズはヤンコミの名で知られる少年画報社の
ヤング向けのマンガ誌で、正式名は「ヤングコミック」(に掲載されたものである)
カケイさんという副編集長が私の担当だった。
なかなかの好人物でオシャレな人であった。
カケイさんは大阪に来た時、一緒にヤキトリ屋に入って
「なんでヤキトリの肉の間にネギが入っているのか?」と
なぜか真剣に怒っていたのを覚えている。
順番としては、3年弱、月刊少年ジャンプで
花田秀治郎シリーズ(2ヶ月に1本)を描いた後、
月刊少年チャンピオンで「暴力大将」の連載がはじまり、
その後に、このヤンコミの黄金探偵のシリーズが始まったのだ。
明日に続く
ヤング向けのマンガ誌で、正式名は「ヤングコミック」(に掲載されたものである)
カケイさんという副編集長が私の担当だった。
なかなかの好人物でオシャレな人であった。
カケイさんは大阪に来た時、一緒にヤキトリ屋に入って
「なんでヤキトリの肉の間にネギが入っているのか?」と
なぜか真剣に怒っていたのを覚えている。
順番としては、3年弱、月刊少年ジャンプで
花田秀治郎シリーズ(2ヶ月に1本)を描いた後、
月刊少年チャンピオンで「暴力大将」の連載がはじまり、
その後に、このヤンコミの黄金探偵のシリーズが始まったのだ。
明日に続く
2014年8月15日金曜日
『黄金探偵と どおくまんプロ』その①
この黄金探偵は私達が、どプロを創業した時、
家賃2万5千円の喫茶店の上の、狭い事務所の中で生まれた。
実質、大人マンガのデビュー作である。
もちろん当時、このマンガののキャラクターは全員、
私1人で描いている。
つまりまだ余裕があったのだ。
狭い事務所の真ん中に麻雀台がつくられ
暇を見つけてはみんなで卓を囲んで大いに笑った。
向いには本当に当時、八百屋があり、
下の喫茶店には美人のウェイトレスがいた。
今から考えると、売れる前のあの頃が
一番楽しかったのかもしれない。
明日に続く
家賃2万5千円の喫茶店の上の、狭い事務所の中で生まれた。
実質、大人マンガのデビュー作である。
もちろん当時、このマンガののキャラクターは全員、
私1人で描いている。
つまりまだ余裕があったのだ。
狭い事務所の真ん中に麻雀台がつくられ
暇を見つけてはみんなで卓を囲んで大いに笑った。
向いには本当に当時、八百屋があり、
下の喫茶店には美人のウェイトレスがいた。
今から考えると、売れる前のあの頃が
一番楽しかったのかもしれない。
明日に続く
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